渡辺医院より毎月一回発行されている『健康新聞』から、記事の一部を紹介します。(2001.7.27更新)
『健康新聞』392号より
〜〜〜私の体験記〜〜〜
元酒田健康クラブ会長
五十嵐 学さん(75)
山形県酒田市
(1)脳卒中の後遺症(左半身麻痺)が治り、元気で車の運転もする!!(五十嵐さん)
(2)開頭手術が必要と言われた重症のクモ膜下出血が手術をせずに完治する!!(五十嵐さんの知人 佐藤さん)
――西式の素晴らしさを実証することが出来た――
拝啓
渡辺先生、しばらくです。長い間御無沙汰しました。先生のことですからお元気のことと存じ上げます。私も脳出血を煩って以来33年になりましたが、元気でおります。
私が先生にお会いしましたのはTさんの紹介で私の家でした。その頃私は村医者の池田先生に診てもらっていましたが、池田先生はもう手一杯の状態の頃でした。
渡辺先生がその頃私の家に来てくれまして、私の家内に、今の状態ではまず無理だから東京の渡辺医院に来ることができれば助けてあげましょうと言われたそうです。
それで池田先生に話をしたところ、西医学は素晴らしい医学で、是非行った方が良いと言われたので、私は西式を知りませんでしたが先生の医院に入院することにしました。昭和40年の9月末頃でした。
私はその頃脳出血の後遺症で意識がはっきりしていなかったせいもあり、何が何だか全然分かりませんでしたが、無我夢中で指示されました健康法を続けましたところ、1週間くらいたった頃には意識がはっきりしてきました。その頃が先生と私の本当の出会いと私は思っております。
先生とであって33年になりますが、この間に、私が脳卒中で倒れた頃には元気であった近所の人たちは次々と亡くなりました。小さな村ですので、村の皆さんに「五十嵐さんは西式をやっているので違うよ」と言われております。これも西式のお陰、先生のお陰、また紹介して下すったTさんのお陰と、深く深く感謝しております。
先生の医院に3週間入院しまして、1週間の断食の後、退院して家に帰ってきました。10月の中頃でした。私は農業ですので10月中旬と言うと私にとって最も多忙な時期です。米の収穫、更に柿の仕事、すぐに冬が来るので身体を休める暇もありませんでした。しかし西式で修得しました健康法は1日も休まず実践しました。お陰でそれ以来、私が医者にかかったのは歯と目だけでした。
22年前から19年間、酒田西式健康クラブの会長を務め、71歳で辞任しましたが、命を救われた西式を止める事は出来ません。今も自分の家で次のことを毎日実践しております。
1.朝食抜き 2.温冷浴 3.大気浴療法
4.三号型健康機 5.柿茶とスイマグを飲む事。
これからも天命の来る迄続けます。
長くなりますが、私が元気のうち、どうしてもお話したい事が2つあります。
第一は、昔になりますが左半身麻痺のリハビリの為に秋田県本庄市のリハビリセンターに入院した時のことです。
習慣で温冷浴をやりたくて風呂場に行った時、水風呂が無いので洗面器に水を張り頭からかぶりました。その場に居りました先生がひどく怒り、危うく退院させられるところでした。
翌日、医長に呼ばれ、「あなたはここに来る前にどこかで優れた治療を受けたでしょう」と言われましたので、私は西式の治療を大雑把に話しました。医長の言われるには、私の入院時の検査では、他の患者と違うとのことでした。そうして退院どころか、講堂でその西式のお話をして下さいと、今度は院長にも言われました。仕方なく西式の六大法則の事を私の知る限りを話しました。院長はじめ、リハビリセンターの先生方から感謝されました。
1ヵ月入院してリハビリに励み、お陰様で車の運転も出来、仕事も出来るようになりました。私の身体で西式の素晴らしさが立証されたのです。
先生に御報告申し上げる事がもう一つあります。
私のすぐ隣の村に佐藤典(フミ)さんという65歳の御婦人がおります。この方は、10年前に「多発性脳動脈瘤」に依るクモ膜下出血という病気にかかり、地元の総合病院に入院しました。
病院では頭の切開手術をすると言われたそうです。佐藤さんの同室の同じ病気の方も切開手術を受けましたが、3人の患者さんが植物人間状態だったのを見て、御主人と相談して手術に同意しなかったそうです。そうして、東京の西式の渡辺先生の所に行きたいとダダをこね、東京行きを私が頼まれました。
こちらの極寒の終わった3月、私が先生と電話で打ち合わせ、先生の指示通りに手配しました。よそ様の家の重病患者を、家族の反対を押し切って東京まで運ぶ事になりますが、佐藤さんが「私を助けてくれ」と頼むので、私も死ぬ思いで腹を決め、ある夜、11時間も車を走らせ、無事先生の所に連れていき、入院させて戴きました。
40日の入院治療によってその難病はほぼ治すことが出来ました。退院後は、近いところなので、私の健康クラブに入会し、4年間毎月の定例会に参加しました。私の指導をよく聞き、真面目に健康法を実践したため、今では完全に治り、毎日お元気に農業に励んで居ります。これも先生と西式のお陰と、佐藤さんは先生に感謝し、お礼を申して居りました。
佐藤さんは市立病院に入院中に抜け出して東京に行ったので、渡辺医院退院後、総合病院に残した荷物を取りに行ったところ、以前同室にいた3人の内1人は植物人間状態で、あとの2人は既に亡くなっていたのだそうです。佐藤さんは渡辺先生のもとで治療を受け完治した事に、改めて喜びと感謝の気持ちを語っておられました。
先生の益々の御活躍を期待しております。
◇…編集部註…◇
五十嵐さんは33年前、42歳の時に、過労と過食、飲酒の為に脳出血で倒れた。近医の治療を受けたが捗々しく軽快しないので渡辺医院に入院した(昭和40年)。渡辺医院では3週間入院し、西医学に基づく渡辺医院独特の治療を受け、この間に1週間の断食療法も行った。意識の回復、左半身麻痺も軽快し、退院した。
また、秋田県のリハビリセンターに入所した折、実行している西式健康法のお話をしたところ、院長はじめ職員の方々に強い感銘を与えたという。
第2例の佐藤さん(65)は、10年前に、多発性脳動脈瘤による重症のクモ膜下出血で地元の総合病院に入院。「開頭手術が必要」と言われたが、手術を断って上京を決意。ご本人とご家族の強い頼みで、五十嵐さんはこの重症患者を自動車で11時間かけて搬送した。
佐藤さんは40日間入院し、渡辺医院独特の食事療法と治療法を行い軽快退院したもので、10年後の現在も、お元気で毎日農業に励んでいると言う。
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